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2012年04月20日
ここ半年間ぐらい、地道に京都のカフェを巡っています。
12店が参加しているそれの有効期間はちょうど1年間。
コンプリートを目指し、1ヶ月に1回、
カフェに行くことにしています。
しかし諸事情により、僕は1ヶ月に1回とか、
1ヶ月に2回とかいう言葉があまり好きではない。
プライベートに置いて、友達がそういう割合の話をしだした場合、
少々うんざりしてきてしまう傾向が僕にはあります。
なので、1ヶ月に1回というのはあくまで目安であり、
1ヶ月に1回行ってもいいし、行かなくてもいい
まあ1ヶ月に2回行ってもいいけど、そもそもコンプリートする必要もない
というようなことを、自分に言い聞かせています。
投稿者:田岡拓 | 2012.04.20 11:04 | コメント(0)
2012年04月12日
2012年02月05日
城崎に行って来ました。
城崎は温泉の町であり、カニの町であり、
志賀直哉が生と死についてうだうだ考えていたことで有名な町でもあります。
一泊二日という日程の場合、ある程度の取捨選択が必要です。
そこにある全てを満喫し、何のやり残しもなく満足して帰る、
なんてことはあり得ません。欲張ってはいけない。
ひとつぐらい絶対にしたいことを決めておいて、あとは適当にのんびりしよう
ぐらいの考え方がベターです。
ちなみに僕たちは、7つある外湯全部回って、カニ食べて、但馬牛も食べて、
射的して、卓球して、水族館行って、出石にも寄って、
あとはのんびりしようか ぐらいの心構えで行きましたが、
普通に無理でした。
温泉に入り、浴衣を着て、カニと但馬牛を食べてしまうと、
なんかもうあとはどうでもよくなってしまいました。
生と死について考える気になった頃、もう一回行ってきます。
ソフトクリーム界の自由自在さが怖い。
最早、味がどうとかつっこんでも意味がない気がする。
投稿者:田岡拓 | 2012.02.05 15:01 | コメント(0)
2011年12月04日
嵐山モンキーパークに行ってきました。
嵐山モンキーパークというのは、
山の上にある猿に取り囲まれた小屋に敢えて入り、
お金を出してリンゴなどを買い、
それを猿に献上する
という意味不明なアトラクションを体験できる場所です。
嵐山まで来て何故猿に餌をやらなければならないのか
という根本的な疑問を抱く方にはおすすめできません。
こっちとしては、
猿「よこせコラァ!!」
ってもぎ取っていく感じを予想しているので、
自然、恐る恐る餌を差し出すのですが、
猿は意外と優しく、こちらを気遣った感じで餌をとってくれて、
ちょっと拍子抜けします。
優しさという概念は猿との間でも共有できるわけで、
もしかしたら人間が思うよりもずっと自然な感情なのかもしれない。
ただし猿同士はめちゃくちゃ喧嘩してましたが。
あと、こんなポスターが貼ってありました。
ここでそれを宣伝するのは、あってるけどなんとなく何か違う。
でもあってる。
投稿者:田岡拓 | 2011.12.04 13:06 | コメント(0)
2011年10月31日
鳥羽水族館に行ってきました。
水槽で泳いでいる魚を見る為だけに2時間かけて移動するっていうのは、
なんとなく無駄な時間を使っているような気もしますが、
家でゴロゴロしていると2時間とか一瞬で終わるので、
それと比べれば水槽で泳いでいる魚を見る為だけに2時間かけて移動するほうが全然有意義です。
というか水族館は思った以上に楽しくて、
むしろ2時間移動しただけでこれが見られるのなら得してるなと思いました。
ああいう非日常的な空間はたまに行くと驚くほど心癒されます。
ただし2時間かかりますけどね。
水族館でのエビって結構、ひとつの水槽に対して数匹しか入ってなくて、
エビ?どこにいるん?あー!あの岩の影に隠れてるわ!
みたいな感じが多い気がしてたんですが、間違いでした。
全く逆で笑いました。
投稿者:田岡拓 | 2011.10.31 17:41 | コメント(0)
2011年09月30日
グランドキャニオンに行ってきました。
成田からロサンゼルスを経由してラスベガスまでは飛行機で、
ラスベガスからはレンタカーを借りて陸路を行きました。
グランドキャニオンは、何億年という歳月が作り上げた巨大な渓谷です。
何億年とか、今時ファンタジーでもそんな単位は出てこないし、
イメージしづらい時間ではありますが、次元が違うというわけではありません。
ただ圧倒的に、凄まじく、理解しがたいほど、長い時間というだけです。
地球の歴史という途方もない尺度で見ても長いその年月には、
「長い年月」とかじゃなくてもうちょっと宇宙的な形容詞が必要だと思うのですが、
残念ながら僕の語彙には適切な言葉が存在しません。
しかしまあそういった何億年云々を知らなくても、
グランドキャニオンはじゅうぶんに圧倒的です。
やばい、すごい、みたいな言葉しか出てきませんが、
実際にそこに立ってみれば分かります。
本当にやばくてすごいです。あとでかいし。
食べ物は圧倒的に不味かったです。
途中から、
「昼飯どうする?」
「え、食べるん?」
みたいな会話をしていました。
何をどう調理すればここまで不味くできるのか。
あと、とりあえずケチャップをかけなければならない
という法律でも存在するのか。
旅を何のためにするのかと言えば、
帰る場所の大切さを知るためだ と言った人がいました。
その言葉の意味を実感しています。
帰国してから食べた親子丼は格別でした。
投稿者:田岡拓 | 2011.09.30 19:29 | コメント(0)
2011年08月21日
敢えて人ごみの只中に行ってきました。
京都では、各地で定期的に人ごみが発生します。
理由は謎ですが、まあ行ってみれば大体分かります。
この日の原因は、花火大会でした。
皆が花火を見るためだけに、くそ暑い中、
更にくそ暑い人ごみの中になだれ込みます。
その様子は馬鹿げていますが、もう馬鹿げすぎていて
どうでもよくなっているというのが現状です。
そもそも打ち上げ花火というもの自体が、
一瞬で一発何十万円という費用が夜空に散るという点で
馬鹿げていると言えなくもないので、
更にどうでもよくなります。
最近、些細なことに感動する自分に戸惑っています。
昔なら、こんなもんで泣けるわけないと思っていた映画に
涙腺が緩んでしまったり、なんでもない友達の一言に
妙に心を動かされてしまったり、
肉より魚を選ぶようになったのと同時に、
感情の部分にまで大変な変化が起こっている気がして
少し怖いです。
実際、花火にも感動してしまいました。
「花火大会行ってくるわ」と友達に言うと、
彼は「死ね」と言っていました。
皆さんは、自分が花火大会に行かないからと言って、
人に死を強要するのはやめましょう。
投稿者:田岡拓 | 2011.08.21 18:42 | コメント(0)
2011年07月15日
祇園祭の季節です。
祇園祭は八坂神社の祭りで、祭るのは牛頭天王。
牛頭天王は元々はインドの疫病の神様です。
祇園祭の始まりは、疫病を退散させるためのものでした。
初期が具体的にどのような祭りだったのか、僕はよく知りません。
しかし恐らくは今のように派手なパレードではなかったような気がします。
山鉾巡行の山と鉾は、龍神を象徴しているそうですが、
そこに当時の人々は、どんな思いを込めていたのでしょうか。
言葉や書物には残らない心というのは確かにあると思います。
残らないものは学問にもならない。
祭りがそれを確かに伝えているとは一概には言えないかもしれませんが、
昔の人々の思いがそこに微かにでも残っているのだと考えるのは、
素敵なことだと思うのです。
というようなことを友達に言ったら、「いや、それはどうでもいい」
と言われました。
僕も正直、ちょっとだけ、そう思います。
投稿者:田岡拓 | 2011.07.15 20:40 | コメント(0)
2011年07月02日
スイカを食べるのは縁側でないと駄目な気がして弟の家に行ったのですが、
荷物置場と化していた縁側は埃だらけで、しかも色々あって既に外は暗いし、
スイカを食べて風情を感じるなんてことは簡単にはできそうにない。
なのでもう思い切って、以前からやってみたかったことを実行することにしました。
が、経験した上で述べると、現実的にはおすすめできません。
スプーンで食べても、種が邪魔なことには変わりありませんし、
スイカは水分が大半なので、そもそもスプーンですくいにくいのでした。
というか、それ以前に、この量は食えない。
スイカはあんまり好きじゃない気がしてきた...。
投稿者:田岡拓 | 2011.07.02 14:32 | コメント(0)
2011年06月08日
妖怪ラーメンを食べてきました。
妖怪ラーメンとは、自らが放っている食物としてはあるまじきグロテスクな妖気を
すべて妖怪のせいにしているラーメンです。
一条通りの妖怪ストリートにあるお店で食べられます。
人間が食べたら呪われそうな見た目に反して、
味は圧倒的に普通でした。
普通でしたとか普通に美味しかったですとか
つまらない感想ばかり書いている気がして恐縮ですが、
こういうのは大概が出オチなのでどうしようもないです。
ただ、こういうことを続けているうちに
そのうち本当に見た目通り不味いものに行き当たりそうな気がして怖い。
「クソ不味かったのでいい加減にしてください」
とか書いていいものかどうか判断に迷います。
たぶん駄目でしょう。
投稿者:田岡拓 | 2011.06.08 19:20 | コメント(0)
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